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2006年9月の記事

気が早すぎますが・・・・

最近は、めっきり涼しくなってきました。 大好きな夏も終わり、秋ですね。
これからは苦手な寒さとの戦いが始まります。 ここ信州の冬はさすがに寒い ; ̄ロ ̄)!!

家は水車屋ですから、自宅横に水車の展示場があります。今は元気よくまわっている
水車も極寒日にはその寒さを以下のような姿で表してくれます。。。。。

4m_fuyu Mini_fuyu_1















ある時、この水車をみた地元ラジオカーのレポーターのお姉さんが、取材をしたいという
ことで、飛び込んできてくれました。凍りついた水車がとてもきれいに見えたようです☆

また今年もこの景色が度々見れると思いますが、冬嫌いの私は今からぞっとしています。( ((-。-) ))ブルブル...

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忘れられない思い出。その3

今から十数年前、大学生だった私は実家を離れ、埼玉県川越市に住んでいました。大学は理系でしたので、理想としていたようなキャンパスライフからほど遠いものでした。
部活も体育会系の軟式テニス部に所属しており、男ばかりの生活をしていました。まあ、
昼飯を食べるときとか、授業で教室を移動するときとか、人についていくのって苦手でして、大学生活はけっこう単独で、すごしていました。まわりからすると、ちょっと浮いていたかもしれませんね。今思うと。

大学生活も3年目をすぎたころ、あるときふと、「猫飼いたいなーっ」と思い立ちました。
実家に住んでいたときは、猫も自由に出入りができ、餌も母が担当してましたので、軽く
考えてしまっていたのでしょう。猫をアパートで飼うことの大変さなど全くその時は、気づきませんでした。

思い立ったらすぐ動きたいタイプの私は、ちかくのペットショップに飛び込み、猫を探しまし
た。かごに入っている猫は全て高級な猫ばかりで、雑種の猫しか飼ったことのない私は、
いまいち親近感がわきませんでした。

そのペットショップには、中学生くらいの姉妹がおり、そのお店のお子さんたちだと思いま
すが、子猫を抱いていました。
猫がほしいと伝えると、大事にかわいがってくれるのならと、その抱いていた子猫を渡して
くれました。明らかに雑種なんですが、そのしっぽが特徴的でした。生まれたときからの
奇形で、丸くて短いしっぽ♪ そのせいもあり、引取り手がないとのことでしたが、私は
すぐに気に入り、有難くいただいてきました。

この出会いが3代目ミーとの出会いです。子猫だったあの頃から、約十数年が過ぎ、もう
歳ですが、それでも今でも元気に走り回っています♪ この猫がまた、飼い主の私と同じ
で、ほんと自分勝手。飼い主にも媚びないその態度はまさに フーテンの寅さん状態。
自由気ままに振舞いながら、今日まで数々のお笑いを残してきております。 
その一部をまた書きたいと思います。

でも、ペットショップの皆さんにいつかお伝えしたいですねー 
あの時の誰も引き取り手のなかった子猫。今でも元気です。大事にするお約束は
果たし続けておりますので ご安心を☆   (゜ー゜)ニヤリ    

つづく。。。

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忘れられない思い出。その2

飼っていた猫が、さよならする瞬間。なかなか人間は立ち会うことはできないと聞きます。
猫は、その命を終えるときは、習性なのか姿を消してしまうそうです。

堀川家では、代々飼ってきた猫が現在3代目。その2代目の思い出を書いています。
もし前回の記事を読まれた方は、 忘れられない思い出。その1からお読みいただけ
れば、話がつながっていくと思います。

道を横断中、車にはねられたと思われる怪我で、余命わずかとなった2代目「ミミ」。
おなかの中をやられてしまい、お医者さんがいうには、尿の毒が全身にまわってしまう
ため、余命は一週間とのこと。 この日から、体はぐったりして、横になって歩けない
状態になってしまいました。

この猫は、父の仕事を見ていることが大好きで、暇さえあれば、自宅横の工場で父の
作業を見ることのできる所まできて、ちょこんとすわったり、ごろごろしていました。
そんな2代目の猫に 父も相当の愛情があったようです。。 

歩くことができなくなったミミを、自宅で寝かせて看病する日々が一週間ほど続いたころ
でした。父が工場で仕事をしているときに、家でねているはずの猫が、父の姿を見える
ところにちょこんと座っていたそうです。父はびっくりして、駆け寄りその場に寝かせまし
た。  家から工場までは、段差が続き、怪我をした猫には、近くて遠い距離。今でも
どうやってそこまできたのか、誰もわかりません。

父が仕事を続ける間、猫は横たわりながら、あたまをあげてじっと見つめていたそうです。
そのあたまが、ふと地面に落ちたとき、   死にました。
きっと最後の力を振り絞って、きたんですね。。   その姿を見た父、その話をきいた
家族は 本当に泣きましたねー。 でも、最高のさよならをしてくれたと感謝しています。
まあ、私が成人になるまで、頑固職人の親父があんなに涙する姿もみたことなかったの
で、すごく印象に残っています。

もうさみしい別れが嫌だということで、この日以来、猫を飼うことをやめました。。。。
数年後、私が3代目「ミー」をつれてくるまでは。   つづく。

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忘れられない思い出。その1

家には、私が小さいころから猫がいます。
今は、3代目。1代目の猫は、ミーと名づけられ、とってもやんちゃでした。
まだ小さいころ、事故で怪我をして帰ってきたミーを、病院につれていこうと、父が無理
やり手提げバックに押し込んで連れて行ったのですが、そのとき、打たれた注射が
よっぽど痛かったらしく、その日以来、まったく父にはなつきませんでした。

ちょっとなでようとしても、すぐに脱走。子供心に、父のさみしそうな顔を覚えています。
私が、高校受験が終わった翌日、約10年の命を閉じました。もし、高校受験の前日
だったら、あまりのショックで、落ちてたかもしれません。

ぽっかりあいた家族の心に、拾われてきたのが、2代目。名前は、ミミと名づけられま
した。(まったくひねりのない命名ですが)
この猫がまた、愛嬌いっぱいのしぐさを見せるものですから、初代に嫌われてしまった、
父はかわいくてしょうがないようでした。どこにいても、名前を呼べば猛ダッシュで駆け
つけるその姿は、家族をまた元気にしてくれました。

Mee_1 

そんな日が、5年ほど続いたころでした。ある日、うちのほりゴタツでぐったりとして、
動かないミミを発見。急いで病院に連れていったのですが、すでに時おそし。 
家の横の道を横断中に、車にはねられたのでしょう。おなかの中がやられてました。
なんでも、尿の毒が全身を回りだしており、余命もわずかとのこと。 これには、みんな
凹みました。特に父の落ち込みといったらすごかったです。

でも最後に 家族を感動させる 忘れられない最高の別れが待っていました。。。

つづく。。

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続 足湯です。

試作中の足湯ですが、本日、お湯を沸かしたり、循環させる給湯設備を取り付けました。
温度設定もできるため、最初イメージしていた足湯がどんどん、本物らしくなってきました☆

今日も、何人かのお客さんが当工房を訪れ、様々なご意見を聞かせていただきましたが、
評判は上々♪♪ 皆さん、各業界の社長さんたちですが、強力な異業種ネットワークを
お持ちの方たちですので、そのご意見・反応は、当工房にとっても嬉しいものでした。

みんなお湯であったまったあと、冷水に足をいれた瞬間に、「きもちぃ~~♪」と、笑顔に
なられます。この季節は、冷水にずっと足をいれていたほうが気持ちいいかもしれません。
オールシーズン対応の足湯ができそうです。

ただ、ひとつクレームが。。。。。 やっぱりサンプルカタログにのっている、私の写真。。
作業服の男が、どてっと座って足湯している姿は・・・・・・。でもね、そりゃあ 私だって、
重々分かっております。。。 @_@; 

とりあえずまだ試作中でしたので、その間だけに用意したカタログであり、女っけのない
工房ですので、私以外のモデルったって、親父か、職人の丸山さんしかいない。。どちら
にしても誰を選んだところでNG☆

早急に社長命令が飛ぶっ。「はやくきれいなモデルさんさがしてこいっ。(゜ー゜)ニヤリ」

了解いたしました。。。 それでは夜のネオン街でちょっくら仕事してきますっー☆
このブログを書いたあと、出かける予定でございます。。。。。♪

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オリジナル足湯初公開

最近、こんな声が聞こえるようになりました。
「展示会をやっても、なかなかお客さんが集まらない・・・・・・」
「もっと、観光で訪れた方々に、おもてなしをできないか・・・・」
などです。 こんな時代ですから、集客の方法と顧客満足度を高める方法は、どんな
商売をやられているかたも、注目されているキーワードでしょう。

堀川工房では、展示会に水車を出展すると、けっこうお客様が立ち止まってくれます。
やはり、くるくる回って動いていると、大人も子供も気になるようですね。それを、遠目で
みていますと、やはり、集客用のオブジェとしても、水車の活用方法は深いなっと、改めて
思います。

そんな中、ちょっとしたイベント用に、移動式の足湯なんかがあったら、いいねとのお声が
あり、即実践をモットーにしている、堀川工房職人集団は、社長の小学生なみ?笑 の
イメージ図をもとに、あっという間に足湯を製作してみました。

今回のコンセプトは、以下3点。
「お湯だけじゃ つまらん。水にも入れるようにしよう。他にないものをつくれ。」
「軽トラックに、載せられるコンパクトなサイズ。」
「子供や女性に喜んでもらえる楽しい足湯にしろ。」
新しい発想で、また人に喜ばれるものを製作してきた社長のコンセプトをもとに、
出来上がったのが、この足湯です。

(試作品のため、写真は一時削除中)

この足湯には、温水槽と冷水槽があり、足を交互にいれて、保温効果を高めます。
モデルが作業服をきた私なので、まったくお上品じゃなくて、お見苦しいのですが、
冷水側に足をつけている写真です。(現在、ある方にモデルさんをやってもらえるよう、
交渉中です。。。。承諾してもらえるかは不明ですが)
足湯自体は、軽トラックにぴったりおさまるサイズで、持ち運びも簡単。また水車屋と
して、水車ははずせんっという気持ちもあり、小さな3連水車小屋がオブジェとして、
付属しております。 ゆったりと回転してますので、見ててもあきないかも知れません。

我々も試しに、足湯体験をしてみたのですが、やはりいいですねー☆
でたあとも、足がずっとぽかぽかしてます。。。展示会やイベント会場等で活躍してく
れそうです。

あとボイラー設備等をセットし、完成も真近ですが、まずは我が家にセットしたいと
思っています。足湯でデトックス。自分のメタボリック症候群を解消しないとっ・・・。

(゜ー゜)ニヤリ

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夜回り先生 水谷先生

皆さんは、夜回り先生 ご存知ですか?今、多くのメディアにも取り上げられ、
多くの感動を与えている水谷修先生です。定時制高校の教師をしながら、
夜の街に出かけ、夜の世界に迷い込んでしまった子供たちに声をかけ、
様々な悩みに答え、多くの子供たちを救ってきた方です。
私も、1年前にテレビでその活動と思いを目にし、「すっごい方だなー」と、
涙せずいられませんでした。

今回、日本青年会議所に所属している縁もあり、先生の講演会を終えたあと、
お目にかかる機会がありました☆
ひとりひとりの目をじっと見て、真剣に語ってくれる先生の言葉は、本当に誠意が
こもったもので、今までの自分の価値観はいったいなんだったのかと思えるくらい、
心の琴線が震えました。

自分たちは、世の中を知ったつもりで生きてはいますが、そんな自分たちに届かない、
決して少なくない子供たちの悲しい現状を聞き、この先生を必要とする子供たち、
大人がどれだけ増えていくのかと思うと、何か、私たちも力になれることはないのかと、
強く思いました。

当工房では水車を製作していますが、この水車というものを通して、社会の隅で、
さみしく、涙している子供たちを一人でも多く、笑顔にかえられたらと思います。

孤児院をはじめ、教育施設等にご協力できることがありましたら、是非、お声を
お聞かせください。水谷先生の思いを、心に落ちたしずくとして、我々も波紋を
広げていきたいと思います。 よろしくお願いいたします。

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